ノスタルジー
昔経験したものを時間を置いて再度敬虔すると懐かしさで一層良さに目が行く。言い換えれば懐古厨でもある。
例えば幼年期に遊んだゲームが僕に該当したりするのだが、SFCのゲームってなんであんなに面白さを鮮明に覚えているんだろうか。
最近出たゲームもおもしろいとは思う。ただ根源的な何かで昔遊んだゲームの原体験を超える事が無い。まあ原体験なので、初めて遊んだものを超える事はないのが当然なわけだが。
この原体験で言えば、最近遊んだものでも記憶に刻まれたものがある。アウターワイルズである。僕はとにかく刺さりまくった。今までの人生でたぶんこれを超えるアドベンチャーゲームはない気がする。今後はあるだろうか。
人の凄さというか、十数万、数億、数百億年先の時代へと紡がれた人の意志、思いが人種や時代を超えていく事の凄さ。人とは何か?魂の在り方、精神性とも言えるかもしれない。人として在るというのは何を定義するか。
死滅する未来というのはあらゆる時代、種族に言える事であり、それは惑星も同じで、いつか滅ぶ。しかし最初からそれを意識している生命は少ない。無意識に生存本能で生殖活動を行っているかもしれない。
しかし種の保存では無く、意志や思いというものが、いつか時代を超えて紡がれていく様は、残した生命には認識できない。だからこそ残すのである。その崇高さ。
いつか死ぬだろうけども、残したいと思って残すものより、目に見えるもの以外でも何か証があれば、それはとても幸せな事かもしれない。